脳出血5年目。何がどう変わって今があるのか。

  • 2017.02.11 Saturday
  • 20:02

 

 

 

脳出血で倒れてから

4年と3カ月が過ぎたのですが、

色々あったなぁ〜

 

 

今では『まひスタイル』も板について、

”自分は障がい者”であることを

あまり意識しないで生きてます。

 

 

痛い、痒いはあっても

辛いとか、悔しいとかいう被害者意識は

何処かに飛んじゃった(^_^)/

 

 

だって、いくら泣き叫ぼうとも、

今でも私の脳のCTを撮ると、

左脳には小指大の黒い陰が映る

壊死していると言うのかなぁ。

この部分が蘇生することはないのです。

 

 

最近マウス実験で”蘇生する”

というニュースは見ましたが、

明るい話しですが何時のことやら…

 

 

 

 

納得はしていないのですが、

脳卒中後、6か月で症状が固定する。

という定説は覆らないんでしょうね(ー_ー)!!

 

 

でも諦めていてはダメですよー

良く言われるのが

「薄皮一味一枚剥ぐような努力」

それしかないというか

それが一番大切なんですねよね。

 

 

”リハビリでマヒを緩和したり、

対処する術を学び努力する”

私も含めそんな人が多いと思います。

 

 

自分には計り知れないのですが、

自身の現状を受け入れることができず、

自暴自棄になってしまい、

引きこもっている人もいます。

 

 

 

 

味由部長がマヒ人生の中で

成長して行ったというか、

折り合いをつけることを覚えた

「ターニングポイント」

を忘れないうちに記しておきますね。

 

 

今日は、倒れて2日目

急性期に運び込まれた病院での一コマ。

 

 

身勝手な行動が大騒ぎに!

 

 

要観察でナースステーション隣の

個室に一人でいた2日目の夜のこと

ナースコールが落ちたので、

自分で拾おうとした。

 

 

まともに身体が動けないくせに、

自分はできると思った。

 

 

案の定、

点滴や尿管カテーテルをつけたまま、

ベットから落ちてしまった。

 

 

 

 

今でもその時のことは

しっかり覚えているのですが、

痛かったのかどうかは思い出せない。

 

 

落ちたところに手を伸ばすと

ナースコールがあったので、

ボタンを押すと

担当の看護師さんがやってきて、

味由部長の姿を見て大慌て。

 

 

あっという間に、当直の先生や、

看護師さんが集まってきて大ごとに。

 

 

たまたま頭は打っていなかったので、

よかたね〜と言われましたが、

病院側としては隠ぺいせず、

事故として扱わなければならないそうで、

自分勝手な行動が、

”みんなに迷惑をかける”

と言うことを肝に銘じた一瞬でした。

 

 

 

 

急性期の病院では、

抱きかかえられないと、

リハビリができなかった。

 

 

先生は脳の損傷具合を見て、

6か月後の状況は判っているようです。

 

 

でも味由部長のPTさんOTさんも

明るくカワイイ女の子でしたし、

STさんは優しい男性というか、

私のことを親身に考えてくれる

若くて明るい男の子でした。

 

 

 

 

自分が明るく生きていると

周りも明るく接してくれる。

こんな風に考えられるようになったのは、

急性期に入院したスタッフのお陰かなぁ

 

 

 

 

味由部長 障害者手帳2級!

 

 

頑張って生きてるので、

パッと見ると

2級とは思えないかもしれません。

 

 

障害を克服するため

頑張っている本人にすれば

2級−2と言う評価は、

不満なのです。

 

 

 

 

味由部長のブログを見て

”ハワイなんか行って”

と思っている人がいるとは思います。

 

 

でも味由部長のマヒ度は高いんですよ。

それを声高にいってもしょうがないんです。

 

 

細く生きるか、太く生きるか、

そのうえ長く生きるかと言うと、

それは死んで見ないとわからない。

 

 

だから細く生きるのだけは

絶対やめにする!

 

 

 

 

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コメント
ひろ009さん 入院中は看護師さんが目を光らせていますから、例えば車椅子のストッパーをしないで立ち上がっただけで、怒られた上に問題行動として日報に書かれました。ちょっとした不注意で怪我をしてはリハビリどころではないですからね。
私は問題児だったのかなぁ。

ハワイに皆んなで行きましょう!
片麻痺のハワイツアーを企画しますね。
  • 味由部長
  • 2017/02/13 9:36 AM
こんにちは。
約2年遅れで後を追いかけていますが(^o^;)、似たようなエピソードがあったりでニンマリしています。

私は入院中にベッドサイドのモノを取ろうとして立ち上がりかけたものの、踏ん張りがきかずにへなへなと床に座り込んでしまいました。
ベッドガード?をつかんで体を引っ張り上げようとしたけれど、腕の力も落ちていて再びお尻が床へ。

ここであきらめてナースコールを押して助けてもらいました。
当然翌日にはその情報が病棟中に伝わり、リハビリの先生から「○○さん、ベッドから落ちたらしいですね」と言われ、「いや、落ちたんじゃなくて踏ん張りがきかずにへたりこんだだけです!」と強がったことを思い出しました。

私も不自由や不便さはあっても、明るく逞しく生きていきたいと思います。そして、人生、まだまだこれからが勝負ですし、楽しめることも一杯あると信じています(^_^)v

目指すぞ、ハワイ旅行!
  • ひろ009
  • 2017/02/13 8:30 AM
ボンズ・デ・ニーロ さん同感です。
私も人生はチャラだと思っています。
40年以上前に、当時大好きだった萩本欽一(欽チャン)さんが色紙に書いてくれた言葉が「人生はチャラ」でした。
それ以来、ずーっと心のどこかにその言葉が住み続けているんですよ。
人生悪いことばっかりじゃないですよ!ね(^^)v
  • 味由部長
  • 2017/02/12 5:04 AM
ニゼックさん 私と似たもの同士のようですね。
私も自分を「できる人間」だと思っていましたし、今もその当時のストックを活かし、今は信頼度を増して「やれる人間」として頑張っています。病気に立ち向かっている姿勢が信頼度を増しているんでしょうね。
ニゼックさんならできますよ”太く、長く、図太く”ね!
  • 味由部長
  • 2017/02/12 4:52 AM
味由部長はやっぱり凄いですね。

自分はいつまでも折り合い付けられずぐじぐじ、考える時ばかりですよ。
病気にさえならなかったらなぁ〜 なんて。
それでも、病気になったからこそ得られた事もあるし、それが かけがえの無い事でもあるし…。 人生プラスマイナス0かもしれませんね。

たしかに、失った神経回路はもう戻りませんが、新たな経路が形成されるとも言われますし、回復期には出来なかったことが今は出来たりすることも。

皆、それぞれ時間や程度に違いはあってもちょっとずつ ちょっとずつ 進めば良いのではないでしょうか(^-^)v

今出来ることを続けていけば、きっと何か見えてくると思ってます!

いつも勇気づけられます、ありがとうございます!
  • ボンズ・デ・ニーロ
  • 2017/02/11 10:18 PM
味由部長、何度も書いて恐縮ですが、味由部長のブログから垣間見えるその生き方が、私が病気ブログをする決意を固めました。

私は、病気になる前、別の趣味のブログをやっていて、入院してすぐの頃はその続きをするつもりでした。

私も味由部長の影響か、悲観的に生きるのは嫌で、入院中のネットサーフィンでは、味由部長のブログが一番自分の中に入ってきました。
ハンドルネームも一新し、生まれ変わった気持ちです。

そりゃ、できれば麻痺なんてなりたくはなかったですが、麻痺になったからこそ変わった考え方もあり、何よりも人と人との関わり方が変わったと思います。
病気になる前は、自分はできる人間だと強く感じていましたが、今は実感として一人では何もできない存在なんだなあと。

私は発病してまだ1年9か月ですが、この麻痺は恐らく生涯付き合うものと覚悟しています。だったら同じ付き合うなら、明るい気持ちで付き合いたいなと思います。

私もこれからどうなるか、再発は大丈夫なのか、不安はあります。しかし、細く長く生きるか太く短く生きるかを問われれば、どっちもイヤで、太く長く図太く生きたいです。
まもなく、ちょうど半世紀の誕生日を迎えるのです。

長々と書かせていただき、ありがとうございました。
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私の名前は味由である。味のある顔をしている。 ご主人様とは顔が瓜二つで、ゲーセンのUFOキャッチャーでキャッチされたのが出会いである。 このブログは、2012年11月に脳出血で倒れ、右半身が不自由になったご主人様と私こと味由部長が、リハビリに、震災復興に、まちづくりに、遊びにとポジティブな生き方を選び、そして歩むドタバタ奮闘記である。

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