脳出血5年目。今だから思うターンニングポイント2

  • 2017.02.16 Thursday
  • 06:17

 

 

あの時のことがあったから

今の自分があるんだなぁ〜

と思えることがたくさんある。

 

 

味由部長のターニングポイントその2

 

急性期の病院では

トイレに行くのにも

いちいちナースコールを押して

看護師さんに車椅子に乗せてもらい

トイレまでつれて行ってもらった。

 

 

便座に座りそっと窓を開け外を眺める

それが一人だけで物思いに耽る

唯一の時間だった。

 

特に真夜中の雨の街を見ているのが好きだった。

 

 

ちょうど一ヶ月が経過した頃

満足に杖をついて歩けなかったのですが

体調も良くなってきたので転院することに。

 

 

車椅子タクシーを呼んで

久しぶりに外に出る。

緊張しましたが

やるぞーっという気持ちで一杯でした。

 

 

 

 

さて、次は回復期に入るのですが

転院した先の病院では

リハビリ計画を立てるために

最初の1週間くらいは検査の連続でした。

 

 

暇だったので

若い理学療法士さんや

作業療法士さんを捕まえては

これからの自分の夢を語っていました。

 

 

熱く語っていた内容は

今でもはっきり覚えていますし

しっかりと自分のものとして

実践できています。

 

 

 

 

不自由な体になったとしても

決して臆することなく

ビシッとスーツを着て中心街を闊歩し

人前に出て仕事をしたいんだ!と…

 

 

中には何言ってんだと

思った人もいると思います。

 

 

リハビリを開始して

一ヶ月位い経った頃だったでしょうか。

 

杖をつきながらの歩行訓練を終えた後

若い女性のPTさんが近寄ってきて

「味由部長は社会復帰して

スーツ着て頑張るんでしょ!

そんな歩き方してちゃダメだよ

もっと攻めないと」と激を飛ばされた。

 

 

え〜っ 

担当のPTさんからの指示通り

歩いているんだけど…。

 

 

当時の私の担当PTさんは

リハビリセンターの

室長さん(女性)だったのです。

 

『退院したら家にもどって

つつがなく生活して下さい』

と言わんばかりの口ぶりと

リハビリの内容だった。

 

”こんなんでいいのかなぁ…”

と悩んでいたところへの

思いがけない一言だったのです。

 

 

すると若い女性のPTさんは

「自分に合わないと思ったら

担当替えてもらえばいいのに」

と、いとも簡単に言い放ったのです。

 

 

えっ交代してもらえるんですか!

”相手は室長ですよ”

と驚きながらたずねると

任せてくださいとの返事だった。

 

 

 

 

それから2週間しても音沙汰がなく

やっぱりなぁ〜と諦めていたところに

私のST(言語指導・女性)の先生から一言

『本当?』と聞かれた。

 

 

先生はセンターの副室長なのですが

若いPTさんから相談されたらしく

私は宜しくお願いしますと答えた。

 

「ただ、そんなことして

先生方の人間関係が悪くなりませんか」

と心配して尋ねると

「大丈夫ですから任せてください」と…

 

 

 

そのことがあり数日して

担当が気鋭の男子PTさんに変わり

私の意思を汲んでもらい

体幹トレーニングに電気治療と

リハビリ内容が一転した。

 

 

この若い女性PTさんの

「もっと攻めなきゃ」

の激がなければ

今の私はないとハッキリ言える。

 

 

 

 

今でも1か月に1回

高血圧の指導と薬をもらいに

リハビリセンターの内科専門医に顔を出す。

 

 

ときどき女性室長さんと顔を合わせるが

”こんにちわ”と明るく挨拶をします。

(一応そう言っておきます)

 

 

でもあの若かった女性PTさんとは

退院後一度も顔を合わせていません。

恐らくもう辞めてしまったのかなぁ…

 

 

今度お会いする機会があれば

心からお礼が言いたいのです。

 

 

 

 

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コメント
ボンズ・デ・ニーロさん
少し頑張り過ぎたのかなぁ…
一旦気持ちをニュートラルに入れて、
ロー、セカンドと徐々にシフトして行きましょう!

  • 味由部長
  • 2017/02/18 6:52 PM
まさにターニングポイントです。やってしまいました。
再発というより今度は脳梗塞です。
小さな「詰まり」が見つかりました。
ラクナ梗塞です。

さいわい大きな後遺症はすくなく、喋りずらさが増した感じと、少し足の踏ん張りが効かなくなった感じます。
しかも、脳出血による右麻痺とは逆のほうに影響があります。

今まで調子よく順調に回復したのに、これからも、どんどん色んな事に挑戦しようと思ってたのに…
とてもとてもとても残念です。

原因はわかりませんが、脳出血後に私の血管は破れ易く、詰まり易い と言われたように その通りになってしまいました。

症状よりも精神的に落ち込みます。
右も左も麻痺になったらどうしよう…
梗塞が繰り返されたらどうしよう…

悪いことばかり考えてしまいます。

症状は大したことないから気楽に考えれば楽なんでしょうけど…

味由部長はじめ皆さんも頑張ってるのに…
もっとしっかり頑張らなきゃならないのに…

このままではいられない。
  • ボンズ・デ・ニーロ
  • 2017/02/18 5:29 PM
ひろ009さん おはようございます。
雨や雪は苦手ですよねぇ。
雪道!ぞーっとします。

宮城県に出張でくるんですね。
時間が合えば一杯やりますかねぇ!
  • 味由部長
  • 2017/02/17 7:01 AM
スイッチさん おはようございます。
ベテランはストックした経験則で動き、若手は経験をストックするために、患者さんに一生懸命に向き合ってくれる動いてくれるのかなぁ…。ベテランでも一生懸命な人も一杯いますけどね。
  • 味由部長
  • 2017/02/17 6:53 AM
こんにちは。実は14〜16日と北海道出張でした。復職後も結構動き回っていますが、飛行機を利用しての出張は初めてでした。

杖片手&急遽買ったスノーシューズを履いて雪道をヨタヨタ歩きましたが、何とか転倒することもありませんでした。

来月末には岩手県・宮城県出張も予定しており、また連絡しますね。
こんにちは スイッチです。
全く同じ道を歩きました。作業療法士の担当の方が今のあなたに必要な事は、作業訓練でなく、歩行訓練だと判断し、半ば隠れるようにして杖を使った階段の昇降と道路での歩行練習に時間を割いて戴きました。今、私が杖無し、装具無しで歩行出来るのは、当時の若く可愛いい作業療法士さんの良き判断と早期の練習があったからだと思います。
でも、リハの時間割の外に自分で院内の廊下で歩行練習していたのが作業療法士さんの眼に留まったからかも!リハビリにショートカットは無く、コツコツと努力した結果は、必ず報われますよね。
  • スイッチ
  • 2017/02/16 11:47 AM
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私の名前は味由である。味のある顔をしている。 ご主人様とは顔が瓜二つで、ゲーセンのUFOキャッチャーでキャッチされたのが出会いである。 このブログは、2012年11月に脳出血で倒れ、右半身が不自由になったご主人様と私こと味由部長が、リハビリに、震災復興に、まちづくりに、遊びにとポジティブな生き方を選び、そして歩むドタバタ奮闘記である。

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